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Policy
・昨夜の晩ごはんなあに?
・繰り返せば覚えられる
・人間は白紙で生まれてくる
・勉強は、絶対おもしろい
・時間をかけてゆっくりと
・できる子とできない子
・考える子と覚える子
・何で勉強するの?
・勉強は、競争のためにするものではない
・良い点数や入試合格はひとつの自己実現
・最後に


Introducuction | Policy

昨夜の晩ごはんなあに?

 「夕べの晩ご飯のおかずは何だった?」
 いつも、入塾の面談に来てくれた人に、私が尋ねることです。でも、ほとんどの人は、すぐに答えることができません。中にはいっしょに来たお母さんでさえ、「自分で作ったのにわすれてしまった」という人もあるぐらいです。
 でも、それは、当然なのです。
 人間の脳は、「忘れる」ようにできているからなのです。
 すべての情報、すべての体験や知識を、全部覚えていたらいいのにと、思うかもしれませんが、実は「忘れる」ことには、深い意味があるのだと思います。
 人間は、「忘れる」ことができるから、また新しい明日に向かって、希望を新たにして挑戦していけるのです。もし、すべてのことを覚えていたら、きっと人間の頭の中は、恨みや苦しみ、ねたみなど、マイナスの感情でいっぱいになってしまうのではないでしょうか。だって、苦しいことは長く続くのに、楽しいことや感動は、一瞬で終わってしまうではないですか。
繰り返せば覚えられる

 でも、実際には人間の脳には、すべての体験の「痕跡」は残っているのだそうです。ただ、それを思い出せないだけなのだそうです。
 では、どうしたら「思い出す」ことができるようになるのか? その答えは「反復」です。繰り返した刺激は、脳が勝手に「重要なんだな」と判断して、「覚えている」ことができるのです。実際には、同じ記憶回路が繰り返し刺激されることによって教化され、記憶が頑丈になるらしいです。そして、それは、本人の意思には関係ありません。なぜなら、最初から覚える気などない、TVのコマーシャルでも、何度も見ているうちに、自然に覚えてしまうではないですか。
 「習うより慣れろ」とはよく言ったもので、繰り返すことこそが、記憶をしっかりさせるための条件なのです。
人間は白紙で生まれてくる

 生物は一般に、高等になればなるほど、親に近い形で生まれてきます。ねずみの赤ちゃんは、毛も生えていなくて、もぞもぞ動き回っているだけですが、馬の赤ちゃんなどは、生まれて数時間もすれば、すでに走ったりします。草食動物だから、肉食の動物に襲われないうちに、すばやく逃げる必要もあるのでしょうが、犬やネコなども、かなり親に近い形で生まれてきますよね。
 でも、いちばん進化したはずの人間は、逆にほとんど何もできない状態で生まれてきます。直立歩行するために、妊娠期間が短くなったという説もあるようで、それは一理あるとは思いますが、私は、もっと大きな理由がるように思います。
 それは、できるだけ白紙に近い状態で生まれてきて、代わりに高い学習能力を持ったということです。
 人間は生まれた時代や地域や社会によって、言語や習慣や生活のしかたなど、いろいろ異なった能力を身に付けなければなりません。日本人の子供が日本語を知って生まれてくるよりは、どこで生まれても、その国の言葉を学習する能力を持っていたほうが、ずっと便利ですよね。
 だから人間は、親と同じ能力を受け継ぐ代わりに、高い学習能力を持って生まれてくるように進化したのだと思います。
勉強は、絶対おもしろい

 人間は高い学習能力を持って生まれてきました。これは、だれにでもあてはまることです。人間として生まれた以上、とんでもない学習能力を持っています。
 そして、もうひとつ言えることは、本来は学習(「勉強」と言い換えてもいいのですが)は、とても面白いものなのです。そうでなければ、人間は文化を受け継ぐことができずに、すぐに絶滅してしまうからです。
 生きていくため、種を保存するために必要なことは、必ず、感動や喜びを持っています。言い方を変えれば、そういう必要なことを喜びと感じることができるように、生き物はできています。
 食事をとらないと死んでしまいます。だから、食事はとても楽しくて素敵なことです。学習しないと、人間は人間になれません。(実際、『狼に育てられた少女』という悲惨な物語がありましたね) 人間になれなければ、人間の命をつないでいくことができません。だから、学習(勉強)は、本当は絶対に「面白い」ことなのです。覚えること、考えること、マスターしていくことは、人間としての基本的な喜びなのです。
 でも待って下さい! 勉強って、実際、つらいよね? 楽しくないよね? なぜなのでしょう? それはきっといろいろな理由があると思いますが、ひとつには他人と比べられて点数までつけられるから。強制的に覚えさせられるから、など、人間のもうひとつの特徴である、「自由でありたいという気持ち」を押さえつけてしまうからではないでしょうか。
 大人になってから振りかえってみると、勉強するのは本当に楽しいことだとわかるのですが、今、学校に通っている人たちには、まだ実感はないかもしれません。でも、自分が「できた」とき、「わかった」ときは、とても楽しい気持ちになりますよね。

時間をかけてゆっくりと

 さて、高い学習能力を持って生まれてきた人間ですが、それにしても、人間の社会はマスターしなければならないことが多すぎます。動物は、たいてい1年たてば大人になってしまいます。つまり、家族を持って独立して生活できるようになりますよね。
 でも、人間はそうはいきません。大人になるのに、20年ぐらいも時間が必要です。大量の学習事項(学校の勉強だけではありません)を、ゆっくりゆっくり時間をかけて、じっくりと学習していくのです。そうです、反復練習を繰り返しながら、少しずつマスターしていくのですよね。
 だから学校の勉強も同じです。ゆっくりゆっくり、時間をかけてじっくりと取り組んでいく必要があります。短期間に急成長した場合は、たいてどこかにひずみが出て、結果として成長が止まってしまいます。あわてずゆっくりとが基本です。

できる子とできない子

 現実に目を向けましょう。実際に、上手に勉強できる子とそうでない子はあります。全員がすばらしい学習能力を持っているといっても、やはりその能力には差があります。覚えるスピードが速い子、考える力がするどい子、ゆっくり練習しないと身につかない子など、タイプはさまざまです。
 でも、それは良い・悪いの問題ではなく、「違い」であり「個性」ですよね。足の速い人も遅い人もいる、背の高い人も低い人もある、それらと同じことであって、だから良いとか、だから悪いというものではないはずです。
 だから、相羽塾は「個別指導」の形をとっていますし、「一人ひとりが輝くために」と考えています。早く進める人は、どんどん進んでください。ゆっくり進む人は、ゆっくり進みましょう。進むのがゆっくりでも、時間をかければ、遅れないで進むこともできますから。

考える子と覚える子

 人間の学習の仕方には、ちょっと乱暴ですが、大雑把にいって「考える(理解優先)」タイプと、「覚える(記憶優先)」タイプの2種類があるようです。考えるタイプの人は、たいてい、「何で?」と考えます。そして、理由がわかると納得します。数学でも英語でも、なぜその答えになるのか、なぜそう考えるのか、ということがわからないと、納得できません。
 また、覚えるタイプの人は、まず、手順を覚えようとします。数学でも英語でも、まず、答えを導く手順を覚えて、理解はあとからついてくる感じです。
 この両者も、良い・悪いということではなくて、タイプが違うということに過ぎません。教える側が、教えられる側のタイプに合わせてあげれば、結構うまくマスターしていけるものです。

何で勉強するの?

 答えは簡単明瞭。「立派な人間になるため」です。
 人間は高い学習能力を持ち、文化や文明を学習によって受け継ぎながら、社会を発展させる生き物です。だから、学習することは、社会の一翼を担う人間になるために、必要不可欠のことなのです。
 ただ、ここでいう勉強とは、学校の勉強だけを指すのではありません。もっと広い意味での勉強が、おそらく一生涯を通じて必要になってきます。子供時代に学校で習うことは、その中の必要最小限のことなのですね。
 でも、現在完了も関数も、大人になったら忘れてしまって、日常の中ではちっとも役に立たないじゃないかって声も、聞こえてきそうです。確かに、日常生活中で二次関数を使うことはないかもしれませんが、私たちの使っている電化製品などの中に、数学も物理も生きています。もっと言うのなら、その部品を外国から買うために、現在完了も生きているでしょう。
 あなたが直接使わなかったとしても、あなたがそのことを学習することは、それを社会の中で役立てるために、必要なことなのです。現在完了や二次関数を知っている人がたくさんいればいるほど、その中からそれを生かして電化製品を生み出す人が、たくさん生まれてくるからです。
 だから、豊かな社会の一員として、立派な人間になるために、勉強をするのです。また、いろいろなことを勉強することによって、私たち自身も、心豊かな人生を送れるようになりますよね。

勉強は、競争のためにするものではない

 ここで勘違いしてはいけないことがあります。立派な人間になるために勉強するのだとしても、特に、たかが学校時代の勉強において、それができれば立派な人間であるということではないということです。
 現実社会では、『勉強ができる(点数が良い)=頭がよい=すぐれた人間』 というひとつの物差しがありますが、本来、そんなことで、人間の立派さは計れないのは、言うまでもありません。
 人間として、やってよいこといけないことの倫理、社会道徳やマナー、これらが最優先であり、点数がよければ立派な人間であるということにはなりません。(でも、それも何らかの形で勉強しなければ、身につきませんが)
 ましてや他人との競争に勝つために、勉強はするのではありませんし、競争に勝てば立派な人間なのでもありませんよね。

良い点数や入試合格はひとつの自己実現

 でも、テストの点数が良いと、気分がとても良いのです。これは勉強だけでなく、スポーツに勝っても同じです。なぜ気分がよいのでしょう? 人に勝ったから? それもあるかもしれません。でも、いちばんの理由は、目標に向かって努力した結果が、現実となって現れたからです。自分の努力が報われたからです。
 人間は誰も、こうなりたいという目標を持ちます。そしてそれに向かって進もうとします。そしてそれを達成することを、自己実現と言いますが、これは最高に気分の良いものです。自己実現を達成して努力が報われると、自分を肯定的に見ることができるようになり、自信を持って生きることができるようになります。
 入試を突破していくことも、こういう意味を持っているのだと思います。

最後に

 私(塾長 相羽)は、こんな考え方で、長年にわたって教室を運営してきました。これは、世間が期待する塾の使命とは、少し違った観点かもしれません。もちろん、点数(成績)を上げる、入試に合格するということは、たえず優先的に頭の中で考えつつ、上に書いたようなことを根底に、教室を運営しています。


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